大判例

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東京高等裁判所 昭和28年(う)2640号 判決 1954年1月28日

控訴人 原審弁護人 和光米房

被告人 野本敏郎

検察官 八木新治

主文

本件控訴を棄却する。

当審の訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

論旨は先ず原判示第一乃至第五の事実はいずれも被告人が高坂正新又は奥村信一その他の者と共謀して犯したものでなく、単に同人等の犯行を容易ならしめて幇助したに過ぎないのであると主張する。しかし原判決挙示の証拠を綜合すると被告人は原判示第一乃至第四の事実について高坂正新と共謀し、第五の事実については奥村信一、浅田保、井田実等と順次連絡協議の上共謀して原判示の如き犯行を行つたことが明らかであつて、記録を精査するも被告人が所論の如く単に高坂正新又は奥村信一その他の者の犯行を容易ならしめて幇助したに過ぎないものとは認め難い。次に論旨は原判示第六の事実は被告人が株式会社横浜興信銀行一色支店の次長をしていた小菅新一郎に対し金員を供与したというのであるが、小菅は手形の支払保証をする権限がないので唯個人として小菅に手形の支払保証をして貰い、その謝礼として金員を贈与したのであるから贈賄罪は成立しないと主張する。よつて記録を調査すると小菅新一郎は原審及び当審において証人として、自分は株式会社横浜興信銀行一色支店の次長をしていたが自分が被告人の依頼により手形に支払保証をしたのは小菅個人としてしたのであつて、肩書に銀行名のゴム印を押したのは住所を表示するためであり、被告人より受領した金員は個人として受領したものであると供述しているが、小菅が本件手形に支払保証をするに当り自己の記名捺印の肩書に株式会社横浜興信銀行一色支店と刻した同支店のゴム印を押印したことが明らかであるから、右保証は単に小菅個人としてしたものではなく同支店次長たる資格において同支店長を代理していたものと認めるのが相当である。また記録中の株式会社横浜興信銀行総務部長川口重雄提出の答申書及び同銀行人事部長狩野季彦作成の行員小菅新一郎勤務経歴に関する件と題する書面によると同銀行においては、手形の支払保証をすることは銀行業務の一部であつて本店に対し正規の禀議承認を経た後支店長名を以て手形保証を行つてきたが、終戦後の社会混乱時一般に不正規の越権行為による手形保証又は偽造手形保証問題が頻発の傾向にあり、該当事件発生の事実があつたので、昭和二十三年十一月十一日付業例第二九三号業務部長通達により、尓後頭取の調印なきものは無効とし右必要起りたるときはその都度業務部に頭取調印を依頼する手続をとられ度く、尚右通達に違反してなしたる行為については断乎たる処置をとる旨達したことが認められるが、手形の支払保証をすることは銀行業務に属することは一般に公知の事実であるばかりでなく記録上も明らかなところであり、また銀行の支店長は支配人でなくてもその支店の営業に関しては支配人と同一の権限を有するものと看做され、裁判上の行為を除き営業主に代り一切の行為をなす権限を有し、しかも支配人の代理権を加えた制限はこれを以て善意の第三者に対抗することを得ないことは商法第四十二条第三十八条の規定するところである。而して株式会社横浜興信銀行の内部規定によれば支店の次長は支店長に参与し、これを補佐して所管の事務を処理する職責を有し、尚同銀行一色支店においては支店長は同銀行葉山支店長武山静雄が兼務し常時不在のため、次長たる小菅新一郎が事実上支店長の事務を処理していたことが記録上明らかであるから、たとえ前記の如く銀行の内部通達により手形の支払保証をなす権限が支店長になく頭取のみこれをなし得るものと定められていたとしても、支店長が右通達に反してなした手形の支払保証を以て支店長の権限外の行為として善意の第三者に対抗することを得ないのであり、従て支店次長が支店長に代つてなした手形の支払保証も亦これを権限外の行為として善意の第三者に対抗することを得ない筋合である。故に株式会社横浜興信銀行一色支店長は対外的には法律上手形の支払保証をする権限を有し同支店次長は右支店長の職務を代行する権限を有していたものと認めるべきである。然らば右の如き権限を有する支店次長たる小菅新一郎に対し支店長に代つてなした手形の支払保証に対する謝礼として金員を贈与するときは贈賄罪を構成するものと解すべきである。

(その他の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 工藤慎吉 判事 渡辺辰吉 判事 江崎太郎)

控訴趣意

第一、原審判決は刑の量定が著しく不当であります。左記第一第二第三第四の事実は高坂正新と共謀の上犯したものとして処断して居るが被告人は従犯の立場にあり第五奥村信一等と順次連絡協議して犯した事実も従犯にして又第六の事実は第二点に於て陳述する如く無罪の言渡しをなす可きもの第七の事実は第三点に述ぶる様に中村秀平が被告の意思に反して行使し中村一人にて甚しく利益を得被告人は一毛の利益を得ない無罪の事案であります。故に原判決が被告に対し三年六月の処罰をしたのは刑の量定が甚しく不当であります。

(第一) 高坂正新と共謀の上

(一)<イ> 振出人 江戸川区東小松川四丁目一二三七、三喜工業KK代表取締役荒井喜作

支払人 中央区KK大和銀行日本橋支店

額面 金五百万円(為替手形)二七、二、六二、一一、二、一六二、二一 四通

<ロ> 右同様の

額面 金二百八十万円(為替手形)支払期日二六、八、二一 一通

(二) 藤よし旅館に於て右五通荒井喜作に一括交付

(第二) 高坂正新と共謀の上

(一)振出人 中央区木挽町七丁目四第五通商株式会社代表取締役社長鈴木秀男

支払人 北区上十条二の九KK富士銀行十条支店

額面 金一千五百万円(為替手形)支払期日二七、二、六一

(二) 藤よし旅館に於て鈴木秀男に之を交付

(第三) 高坂正新と共謀の上

(一)振出人 なし

振出地 中央区

支払人 KK富士銀行十条支店

額面 金五百万円

(二) 安保義清を介し酒井敏正事酒井都夫に交付(藤よし旅館に於て)

(第四) 高坂正新と共謀の上

(一)振出人 港区芝田村町五の十二極東水産KK取締役社長野本敏郎

受取人 渋谷忠二郎

支払場所 KK富士銀行十条支店

(二) 文京区原町十二番地渋谷忠二郎方に於て同人に対し

佐藤まさ子を介し交付

(第五) 奥村信一、浅田保、井田実と順次連絡協議して

東京都千代田区大手町一丁目六安田火災海上保険KK経理部会計課長合田岩治を欺罔し預金名下に金員を騙取しようと企て共謀の上(浅田保に於て被告人が用意し、井田実、奥村信一を通じて得た名刺、バツチを携え)KK千代田銀行大伝馬町支店斎藤良平であるかの如く装い、合田岩治に、安田火災より右銀行に金三百万円の預金をすることを承諾せしめ、(被告人及井田実に於て浅田保より奥村信一を通じて右事実の連絡をうけ奥村信一より受取つた)不渡になることの明かであつた岡野重振出額面三百万円の小切手を持参し、山形県南置賜郡塩井村吹張合田岩治である様に装い右小切手を以て預金を申込み千代田銀行大伝馬町発行合田名義の金三百万円の普通預金通帳の交付を受け、之を奥村信一に交付、通帳の合田岩治の氏名に安田火災会計課長の肩書を記入し浅田保に之を交付し同人に於て、銀行員斎藤良平を装い之を合田岩治の許に持参し即時同人より預金名下に右安田火災経理部会計課長合田岩治振出額面三百万円の小切手一通を交付させて騙取

(第六) 永松正年と共謀の上(何故か永松は不起訴)

小菅新一郎に対し同人が予て被告人の依頼により日本飲料工業KK社長広川宅一郎振出額面五百万円の約束手形二通に右支店名義を以て支払の保証を為した謝礼の趣旨て

(一)昭和二十七年七月二十八、二十九日頃の夜小菅新一郎玄関に於て現金三十万円

(二)同年八月十二、十三日頃の夜被告人自宅附近路上に駐車中の被告人所有自動車(東京都-五-三一、〇二二号)内にて現金二十万円

を贈与し以て夫々小菅新一郎の右職務に関し贈賄し

(第七) 二十七年八月中旬頃碌々産業KK事務所に於て、白紙一枚に擅に被告人が予め勝手に作成しておいた、一色支店のゴム印、木製角印、小菅の署名用ゴム印、同人の木製丸印を押捺した上情を知らない佐藤進をして之を碌々産業KK取締役社長中村秀平振出額面二千八百万円の約束手形一通に貼附せしめ更に右白紙右側余白に「本手形の支払を保証する」とペンで記入せしめ以て右支店次長である小菅の署名及印章を冒用の上同人作成名義の右手形の支払を保証する旨の私文書一通を作成偽造したもの

右第一第二第三第四何れも高坂が主で被告野本が従であることは起訴状から見ても明かであります。高坂の云うところに依れば支店長と飲食等をして非常に懇意の間柄となつて支店長の承諾を得てやつたもので若し判る様なことがあれば高坂が責任を負い決して迷惑をかけない。支店長は全然知らないと云ふて呉れとの約束なりとのことで偽造等をしたものだと申して居りました。昭和二十六年三月二日東京地方検察庁において被告は左の様に述べて居ります。

高坂は龍王農林株式会社の社長萩野直八と云う人や富士銀行十条支店長の児玉就道等と農林中央金庫より三億円の金を借り出す運動をしていた児玉支店長は支店長としてではなく児玉個人としてやつていた事なので、十条支店にある支店長としての自分の署名判や印鑑を使う訳には行かないので高坂が児玉の銀行で使つている署名判と印鑑と同じ様な署名判と印鑑を造つてやつてこれを使つて富士銀行十条支店が引受をした様な体裁の合計三億円になる手形を使つてこれを農林中央金庫に持つて行つて三億の金を借り出そうとしていたのです云々、高坂に十条支店長児玉就道と云う署名判と其印鑑とを押して貰い云々、右の様な次第ですから被告人野本は従であることが善く判ります。同年三月十九日、三月二十日の供述調書でも判ります。第五の金参百万円の詐欺被告事件でも被告は従の従で金弐拾万円の利益として居りますがこれも他の二人に分与し僅か金参万円位の利得をして居るのみです。此点第二審判決のある迄に示談したいと思つて居ります。昭和二十八年六月四日被告人調書参照。

第二点前記第六の経済関係罰則の整備に関する法律違反事件でありますが株式会社横浜興信銀行一色支店次長をして居りました小菅新一郎に対する金員の供与であります。併し小菅は手形に保証又は引受等をする権限がないことは各証拠に依つて判ります。個人としての小菅に対する印や判を使用することを内諾の謝礼であります。第一審で検事は無罪になることを恐れてこの点について相当説明をしたが一般的に見て権限がある様に見えまして具体的に権限がなければ不能犯であります。昭和二十九年三月十八日証人小菅新一郎の調書によりますと小菅個人に対する金員の贈与であることがよく判ります。同年六月四日の被告の供述もその通りです。

同年八月四日証人武山静雄の供述にも小菅は横浜興信銀行の一色支店の次長であるが支店長代理でない小 個人としての金員受領であることが判ります。

第三点第七事実の被告等振出の金弐千八百万円の約束手形の件でありますが小菅新一郎が個人として保証の判を押す謝礼を支払つてあります。判や印鑑の冒用でなく小菅の承諾を得て作成したものであります。右手形は米国法人オリエンタル・エキスポーターズ・インコーポテツド日本における代表者マイケル・クレバノフの手に渡つて居りますが同法人支配人中島が手形の受領を拒絶して居りました関係上手形を行使しないで野本被告に返還することになつて居つたものです。然る処右手形行使の時被告は福井県に居つて不在中手形共同振出人中村秀平が支配人の了解を得て砂糖を買い入れたもので多額の損害金をオリエンタルにかけたことと思いますが支配人等は単に横浜興信銀行に訴訟を提起したので少しも中村秀平を悪く云つて居りません。被告は只中村に悪用されたのみで一毛の利得もして居らず甚だ奇怪極る手形の行使です(中村を起訴しないのは不可解です)支店長の肩書もないものが銀行の保証として通用出来る筈はない。中村とオリエンタル関係の人と通謀上の仕事であると断言してはばからない案件です。要するに小菅個人の資格の保証行為をして小菅も謝礼領得のため承諾して居りますから無罪なりと信ずる次第でありますから第一審第二八四回公判調書昭和二十八年四月二日証人中村秀平の供述に小菅新一郎が電話に出て保証をした趣旨の答へがあつた様に述べて居る。これを要するに第一乃至第四の事実は従の従たるもの第五もお使いをした程度です。第六第七何れも事実の誤認で無罪の事案であります。

被告も本社に帰つて善人になつて居ります何卒三年以下の懲役刑で前科もありませんから猶行猶予の言渡をお願ひ致したく本趣意書を差出す次第です。

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